2009年08月18日

無粋が他人に粋であれと説く

よしもとばなな『人生の旅をゆく』掲載のエッセイで、有名なサイトでも取り上げられた文章なので知っている人もいるかと思うけれど、いちおう引用します。

 この間東京で居酒屋に行ったとき、もちろんビールやおつまみをたくさん注文したあとで、友だちがヨーロッパみやげのデザートワインを開けよう、と言い出した。その子は一時帰国していたが、もう当分の間外国に住むことが決定していて、その日は彼女の送別会もかねていたのだった。
 それで、お店の人にこっそりとグラスをわけてくれる? と相談したら、気のいいバイトの女の子がビールグラスを余分に出してくれた。コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。
 それであまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。
 ちなみにお客さんは私たちしかいなかったし、閉店まであと二時間という感じであった。
 するとまず、厨房でバイトの女の子が激しく叱られているのが聞こえてきた。
 さらに、突然店長というどう考えても年下の若者が出てきて、私たちに説教しはじめた。こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。
 私たちはいちおう事情を言った。この人は、こういうわけでもう日本にいなくなるのです。その本人がおみやげとして海外から持ってきた特別なお酒なんです。どうしてもだめでしょうか? いくらかお金もお支払いしますから……。
 店長には言わなかったが、もっと書くと実はそのワインはその子の亡くなったご主人の散骨旅行のおみやげでもあった。人にはいろいろな事情があるものだ。
 しかし、店長は言った。ばかみたいにまじめな顔でだ。
「こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです」
 いったい何のきりなのかよくわからないが、店の人がそこまで大ごとと感じるならまあしかたない、とみな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。
 もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。それが成功する人のつかみというもので、本屋さんに行けばそういう本が山ほど出ているし、きっと経営者とか店長とか名のつく人はみんなそういう本の一冊くらいは持っているのだろうが、結局は本ではだめで、その人自身の目がそれを見ることができるかどうかにすべてはかかっている。うまくいく店は、必ずそういうことがわかる人がやっているものだ。
 そしてその瞬間に、彼はまた持ち込みが起こるすべてのリスクとひきかえに、その人たちがそれぞれに連れてくるかもしれなかった大勢のお客さんを全部失ったわけだ。
 居酒屋で土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻である。
 その深刻さが回避されるかもしれない、ほんの一瞬のチャンスをみごとに彼は失ったのである。そして多分あの店はもうないだろう、と思う。店長がすげかえられるか、別の居酒屋になっているだろう。
 これが、ようするに、都会のチェーン店で起こっていることの縮図である。
 それでいちいち開店資金だのマーケティングだのでお金をかけているのだから、もうけが出るはずがない。人材こそが宝であり、客も人間。そのことがわかっていないで無難に無難に中間を行こうとしてみんな失敗するのだ。それで、口をそろえて言うのは「不況だから」「遅くまで飲む人が減ったから」「もっと自然食をうちだしたおつまみにしてみたら」「コンセプトを変えてみたら」「場所はいいのにお客さんがつかない」などなどである。

(中略)

 というわけで、いつのまに東京の居酒屋は役所になってしまったのだろう? と思いつつ、二度とは行かないということで、私たちには痛くもかゆくもなく丸く収まった問題だったのだが、いっしょにいた三十四歳の男の子が「まあ、当然といえば当然か」とつぶやいたのが気になった。そうか、この世代はもうそういうことに慣れているんだなあ、と思ったのだ。いいときの日本を知らないんだなあ。


繁華街慣れしている人間から見ると噴飯ものの内容だと思う。

僕には商売人の血が濃く流れているから、なじみの客に融通を利かせるといった柔軟さの必要性についてはよく理解しているつもりだけれど、実は客商売には、店にとってマイナスとなる客に対しては「帰れ。二度と来るな」ときっぱり言う勇気も必要なんです。
このケースで彼女はどう見てもマイナスの客でしかなく、追い出されたあとにうだうだと続く負け惜しみと恨み言を読むかぎり、やはり追い出して正解だったと思う。
もっと言えば、それだけ金持ちで人脈持ちを自称する人間なら、融通の利くなじみの店なんていくらでも知ってるはずで、チェーン居酒屋の哀れな雇われ店長にマニュアル以上の対応を強要する愚をおかす前にそちらに行って好きなようにすればよかったじゃないか。
マクドナルドに持ち込みをしたら確実に注意されるのだけれど、マクドナルドの商売が下手だといえる商売人が世界に何人いるだろう?
きつい言い方をするが、要は店に合わせた振る舞いすらできない田舎者が何を気取ってんだという話である。

庶民の僕でさえ、もう世間的にはオッサンと呼ばれる年齢になってからは、友人と飲みに行くのにチェーン居酒屋なんてまず使わない。
地元や、新宿や渋谷といった大きな繁華街なら、僕が仮にワインを持ち込んだところで笑顔で許してくれる行きつけの店だって何軒か知ってる。

彼女のデビュー初期の作品を読んだときにはそれなりに才能のある作家だと思ったのだけれど、結論を「昔は良かった」で締めるセンスは残念といわざるをえない。
posted by ハジメ at 12:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご無沙汰してます。(^^)/
お元気でしたか〜!
面白い文章を紹介してくださってありがとうございます。

>要は店に合わせた振る舞いすらできない田舎者が何を気取ってんだという話である。

まったくそのとおりと私も思いました。
もう、付け加えることもないくらいですが、

>もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。それが成功する人のつかみというもので、本屋さんに行けばそういう本が山ほど出ているし、きっと経営者とか店長とか名のつく人はみんなそういう本の一冊くらいは持っているのだろうが、結局は本ではだめで、

ここがイタいですね。
人脈とその先にあるおカネの臭いがわからないの!って言ってるようで、、。やだなぁ。。

いいときの日本では、融通を期待出来る場所かどうか読めずにこういうことしちゃうことこそ無粋、だったんじゃない?

ちなみに、よしもとさんの本は、疲れそうな文章なんで一度も読んだことありません。
Posted by Joy at 2009年08月29日 16:25
おひさしぶりです。

「もしも店長が〜」のくだりは、自らの頭脳が当然に店長よりも優れているという前提に立ったうえで、自らに対する他人の客観的評価すらも自らの主観と同じでなければならないとする傲慢さがなんとも香ばしいですね。

彼女の作品は、初期のみそこそこ読めたと思うんですが、だんだんオカルト色が濃くなってきてからはもうだめです。
Posted by ハジメ at 2009年08月31日 17:52
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